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東京高等裁判所 昭和37年(ツ)168号 判決 1963年10月01日

上告人 頼百祿

被上告人 陳重光

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由は末尾添付の上告理由書記載のとおりである。

原判決の確定したところによれば、被上告人の委任した東京地方裁判所所属執行吏代理高松信雄は、本件調停調書に基く建物明渡の強制執行として被上告人の代理人が準備した人夫に補助させて本件建物内の動産を屋外に搬出してこれを上告人に引渡し、右建物一階隅にあつた後述の大型クーラーの外には遺留品がないと認めて本件建物に対する上告人の占有を解きこれを被上告人の代理人に引渡して本件建物の現実の支配を被上告人に移した上執行の完結を宣言してその旨の調書を作成したが、前記クーラーは本件建物に取付けのもので搬出が困難であり上告人において後日任意引取る旨申出たものであるという理由でこれをそのまま残置したというのであり、なお、原審において上告人がその所有物件で本件建物内に残置されていると主張したクーリングタワー及びその他の造作類は本件建物に附加して一体となることによりもしくは特約によつて被上告人の所有に帰したと認められるようなものでその余のめぼしい上告人所有の動産は殆んどすべて屋外に搬出され上告人に引渡されたというのである。原審は右の事実関係に基いて、本件建物明渡の強制執行において建物内に若干の上告人所有の動産が残置されていたとはいえその余のめぼしい上告人所有の動産は殆んどすべて屋外に搬出されて上告人に引渡され、外形的にも建物に対する上告人の占有が排除されたと認められる状態において右建物の占有が被上告人に引渡され、被上告人がその現実の支配を開始したものと認められるとし、これによつて被上告人の建物明渡請求権は既に満足され本件調停調書の執行力は消滅したのであるからもはや上告人の請求異議の訴は許されない旨判断したことは原判文上明らかである。

所論は、原審が右のように本件強制執行の目的建物内に執行債務者たる上告人所有の動産が残置されていることを認めながら、右建物明渡の強制執行が終了したものと判断したのは民事訴訟法第七三一条の解釈を誤まつた違法があるというのである。

よつて按ずるに建物明渡の強制執行は執行吏において建物に対する債務者の現実の支配(占有)を排除し債権者にその占有を取得させる方法によつてなされる(民事訴訟法第七三一条第一項)ものであり、この場合建物内に執行の目的となつていない動産が存するときは執行吏はこれを取除いた上(同条第三項参照)、債権者に建物の占有を取得させなければならないのであるが、かようにして債権者に建物の現実の支配が移転されたとき建物明渡請求権は満足され、建物明渡そのものの執行はこれによつて終了すると解すべきである。民事訴訟法第七三一条第三項以下には建物内に存する動産の取除き及びその債務者への引渡もしくはその保管等につき執行吏のとるべき処置に関する規定が設けられているが、右規定の趣旨は右動産をそのままにしておくと場合により建物に対する現実の支配を債権者に移すことの妨げとなることも考えられ、少なくともその現実の支配が債権者に移転したかどうかにつき疑義を生ずる余地があるし、他面これをそのままにして建物の引渡をすると債務者においてその動産を失いもしくはその回収に困難を生ずることも考えられ、後に種々の紛議を生ずるおそれがあるので、かような不都合を避けるため建物明渡の執行に附随して建物内の動産につき執行吏のとるべき処置を規定したものと解されるのである。従つて建物明渡の執行が終了したとするためには民事訴訟法第七三一条第三項以下に定める手続が完全に瑕疵なく行われたことが不可欠の要件をなすものではなく、執行吏により債務者の建物に対する現実の支配が排除され、債権者の現実の支配に移されたかどうかによりこれを判断すべきであり、もとよりこの場合建物内の動産が一物も余さず取除かれなければ債権者において建物の現実の支配を取得できないというべきものではないのである。しかして前記原判決の確定したところによれば、本件建物内の動産に関する執行吏の処置につき不徹底もしくは不備の点がない訳ではないとしても、債務者たる上告人の右建物に対する現実の支配は排除され、右建物の占有は債権者に移転せしめられたと認めることができるから、これと同趣旨において右建物明渡の執行は終了したものと認めた原審の判断は相当であり、所論の違法はない。

次に上告人は、原審が「本件建物内に残置されたクーラーにつき、債務者から引取の申出がないときは債権者において、債権者がその任意引渡を拒むときは債務者において、それぞれ執行方法に関する異議による救済が認められる」としている点について、かような執行手続上の救済を認めるのは建物明渡の執行が完結していないことを前提とせざるを得ない訳であるから、原審が本件請求異議につき執行終了を理由にこれが許されないとしたのは法令の解釈を誤まつたものであるというのである。

よつて按ずるに、執行吏において民事訴訟法第七三一条第三項により執行の目的物でない動産の取除をしたが、これを債務者その他同項に定める者に引渡すことができない場合には、同条第四項及び第五項に定める処置をとる必要があるけれども、その場合でも執行吏により執行の目的たる建物に対する債務者の現実の支配が排除されその占有が債権者に移転せしめられることはもとより可能であり、右建物の移転が完了した以上建物明渡そのものの執行は終了したものとみるべきであることはさきに述べたとおりである。かようにみてくれば執行吏が建物明渡の執行に伴う附随的な処置としてなすべき民事訴訟法第七三一条第四項による動産の保管もしくはその保管にかかる動産の債務者への引渡あるいは同条第五項による処分は必ずしも建物明渡そのものの執行の継続中になされるものとは限られず、建物明渡の執行の本体をなす民事訴訟法第七三一条第一項による建物の占有移転の手続の終了後において事後の処置としてなされることの少なくないことは容易に理解できるところである。従つて右に述べた事後の処分に違法の点があれば、右建物明渡の本体的な執行が完了したかどうかと関係なく、民事訴訟法第五四四条に基く異議によつてその手続の是正を求め得るものと解すべきであるが、右事後の措置が残り、これについて異議をなし得ることから、既になされた本体的な建物明渡そのものの執行が完結していないとして、これについて請求異議の訴がなお許されると論結することは当を得ないものというべく、この点に関する所論は採り難い。

本件についてみるに、前記原審確定の事実によれば、本件の執行を実施した執行吏代理は、所論のクーラーは上告人が後日引取る旨申出たということで建物明渡の執行により被上告人の現実の支配下に移された建物内に残置した侭執行終了を宣したというのであるから、右事実によれば被上告人において右クーラーに対する現実の支配をも取得したものとみざるを得ない。すなわち、執行吏代理は被上告人に右クーラーの占有を取得せしめた侭執行終了を宣したものと解されるのである。原審はこの場合真実上告人から前記の申出があつたかどうかを確定していないのであるが、もし右の申出がなかつたのであれば、右執行吏代理の処置は民事訴訟法第七三一条第三項以下の規定の趣旨に反し債務者に代り動産を受取る権限のない者に動産の引渡をしたものとして違法たるを免れないけれども、これに対し債務者たる上告人から執行方法に関する異議の申立をなし得ることは別として、これがために本件調停調書記載の建物明渡請求権が満足されその執行が終了したとみることの妨げとなるものではない。なお、もし債務者が本件のクーラーを任意に引取らない場合において債権者はもはや本件調停調書を債務名義としてその取除きの強制執行を求め得べきものではなく、そのためには別個の債務名義を取得しなければならないものと解されこの点につき原審の説明は多少明確でないようにみられるけれども、右の点は本件の結論を左右するに足りないものと考えられる。

よつて論旨はすべて採用し難く本件上告は理由がないから、民事訴訟法第四〇一条、第九五条第八九条の各規定に則り主文のとおり判決した。

(裁判官 梶村敏樹 中西彦二郎 安岡満彦)

別紙 上告理由書

右当事者間の請求異議上告事件に付き上告人は次のとおり上告理由を開陳する。

原審は民訴法第七三一条及び同法第五四四条の解釈及び適用を誤つた法令違背があり、右は判決に影響を及ぼすことが明かである。

一、原審は本件事実関係の下に於て即ち上告人(債務者)所有の動産残置のまま建物明渡の強制執行が完結したとしているが之は民訴法第七三一条の解釈及び適用を誤つている。

建物明渡の強制執行は民訴法第七三一条第三項に依り建物に存する債務者所有の動産を全部取除き債務者の建物に対する支配関係を断絶した上、建物を債権者に明渡すことに依つて執行は完結するものと解すべきであり、その論拠は既に第一審及び第二審に於て詳細に述べたのでここにそれをすべて援用する。

二、なお原審はその判決理由に於て(八枚目表七行目以下)「なお、債務者(控訴人)において後日クーラーを任意引き取る旨の申し出があつたから、これをそのまま残置して家屋明渡しの執行を完結した旨の執行調書の記載が、若し、控訴人から遅滞なく任意引取の申出がない場合には後日民事訴訟法第七三一条第三項以下の手続を追完すべきことを前提として右申出のあるまでの間一時、執行吏のために右動産の保管を債権者(被控訴人)に託した趣旨であるとすれば、その後債務者より遅滞なくその引取りの申出がない場合には、債権者は、執行の方法に関する異議(民事訴訟法第五四四条)の手段により、民事訴訟法第七三一条第三項以下の手続の追完を要求することができるし、債務者もまた債権者が右物件の任意引渡を拒む場合には、執行の方法に関する異議の手段によりその引取りを要求することができるが、以上と異なり、右執行調書の記載の趣旨が、クーラーの占有を家屋自体の占有とともに債権者に引渡した趣旨であるとすれば、債務者は、右物件の引取りについては、もはや、執行法上の救済手段に訴える途はなく、別訴提起の方法によらざるを得ないこととなる。」と為している。而して本件の場合に於てその執行調書の記載は前段の場合と解釈すべきであつて到底後段の場合とは解釈できない。然らばその後債務者より遅滞なくその引取りの申出がない場合は債権者は執行の方法に関する異議(民訴法第五四四条)の手段により、民訴法第七三一条第三項以下の手続の追完を要求する余地を残すべきであり、債務者も亦債権者が右物件の任意引渡を拒む場合には、執行の方法に関する異議の手段によりその引取りを要求することが出来なくてはならない筈である。このことは原判決でも肯定している。然るに原判決は「なお、民訴法第七三一条第三項以下の手続を続行する余地があるかどうか、従つてこの関係でなお執行の方法に関する異議が許されるかどうかということに依つて家屋明渡しの執行が完了したとする前示の判断が左右されることはあり得ない。」即ち執行方法に関する異議が許されるかどうかは家屋明渡しの執行が完結したかどうかに関係がないとされる。併しながら所論は全く法の誤解であり到底納得できない。執行が完結した後に於ては請求異議も執行の方法に関する異議も共に許されないことは議論の余地のないところである。かような場合にあつて請求異議(「執行方法の異議」の誤記と認められる)の手段に訴えることを認める以上執行は未完結としないわけには行かない筈である。

従つて原審判決は民訴法第七三一条の解釈適用を誤つたばかりでなく、執行方法に関する法令(同法第五四四条)の解釈をも誤つたものである。

而して原判決は以上の如く法令の解釈及び適用を誤つた結果本件建物の明渡しの強制執行は既に完了したものと判断し、従つて本件調停調書に表示された請求権はすでに執行々為によつて満足を受けており、その執行力は全部消滅しているものと認めて上告人の請求異議の訴を却下したものであるから、右法令の違背は判決に影響を及ぼすことまことに明かと謂わざるを得ない。

依つて原判決を破毀し相当の裁判を求める次第である。

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